実例

コンパクトシティ「松山」の魅力 ~便利な街はどう作られた?~

全国各地で「コンパクトシティ」という謳い文句が広がっていますが、特に我々がコンパクトシティとして成熟していると感じる町のひとつに、愛媛県松山市があります。

松山市は四国で唯一人口が50万人おり、四国で最も人口が多い街です。実は香川県高松市より10万人多く、街の中心部は鉄道・自動車で混雑します。

松山城のふもとに県庁や市役所が置かれ、城の西側にJRの松山駅、東に道後温泉、南に伊予鉄の松山市駅があります。そしてこれらを路面電車やバスが結んでいます。半径3キロ程度の面積に住宅商業工業の主要施設が揃い、また中心地区に観光客の往来も多い街で、すでに一定度コンパクトシティを実現していると言えます。

第一回では、松山がいまのような「コンパクトシティ」になった理由についてお伝えし、
第二回で松山駅、第三回で市駅での取り組みを紹介します。

レガシーの活用が巧みな松山

すでにいい感じな街である松山ですが、これは過去の遺産を上手に活用してきた結果と言えます。

まず温泉の活用。
道後温泉は「日本最古の温泉」を自称しています。3000年前には温泉周辺に人が住み、遅くとも7世紀には温泉が湧いていたのではないかと言われています。

次に歴史の活用。
道後温泉はもちろん、松山城にはロープウェイが整備され、春には桜がきれいに咲きます。麓には「坂の上の雲」ミュージアムがあり、さらに夏目漱石・正岡子規のゆかりの地でもあります。

また交通の活用。
松山では一時期、タクシー団体による路面電車廃止の嘆願書が出されたようですが、利便性が高く住民の足として路面電車が機能していたことから、現代まで走り続けています。

結果として、

・主婦が幸せに暮らせる街 全国5位
・住みたい田舎ランキング 3年連続四国1位
・通勤にかかる時間の短さ 全国3位

など内容・順位ともにパッとしないものの、ソコソコいい街なんだろうと思えるような、そんな松山市になったわけです。

本来はもっと松山のすごいランキングを引っ張ってきたかったのですが、そんなものはありませんでした。もっと評価されるべき。

「温泉」の存在が賑わいを作ってきた

道後温泉は3000年の歴史があると言われ、証拠は弱いながも聖徳太子が来たとか、中大兄皇子が来たとか、いろいろな歴史的人物が足跡を残してきたと言われています。

そして江戸時代、松山藩によって整備が進み、明治になると温泉の本館ができ、観光地として全国から人を集めるようになります。

特に夏目漱石の影響は大きかったものと思われます。夏目漱石は都内の人間ですが、旧制の中学教師として松山で1年過ごしており、道後温泉の高評価レビューも残しています。

そして現在も公営の公衆浴場として、全国から観光客を集めています。特に瀬戸大橋の開通によって、関西・中国からのアクセスが圧倒的に改善され、瀬戸内しまなみ海道開通でピークを迎えました。

歴史があるから見たくなる。

松山は温泉をベースに、歴史をうまく活かしてまちづくりをしてきました。

松山城は、国内に12ヵ所の「現存天守」です。地震に耐え、戦火を逃れ、1854年の店主が今に至るまで残されています。さらに、城へつづくロープウェイが整備されており、また珍しくリフトもあり、非日常的な体験が簡単にできる場所です。

文学の街でもあります。先述の夏目漱石「坊っちゃん」だけでなく、正岡子規の俳句や司馬遼太郎「坂の上の雲」などの歴史作品をうまく街に取り込んでいます。「坂の上の雲」はミュージアムや、作中に登場する軍師である秋山兄弟の生家も残っています。

交通アクセスも悪くない

交通の便もよく整備されています。外部との交通に関しては予讃線が、また松山駅からバスですぐ松山空港に着き、そこから東京などに飛行機が飛んでいます。

市内に関しては路面電車とバス、郊外線(伊予鉄道の高浜線・横河原線・郡中線)が走っています。そして伊予鉄道の集結する松山市駅から東に向かって「松山銀天街」が、途中から方角を北に変えて城の方向へ「大街道」の商店街がそれぞれ発達していて、市民の台所担っています。

特にこの「路面電車」が観光客にとって欠かせない足であることがわかると思います。松山城の西にJR駅が、東に道後温泉があり、路面電車はその両端を、松山市駅近くを経由して、10分に1本程度の間隔で結んでいます。

松山がコンパクトな理由として、まず温泉という集客装置があり、人が集まったところに行政がおかれ、行政がおかれたことで更に人が集まり、戦後になるまで明確に中心が城であり続けたことが1つの理由と考えられます。

その証拠に県庁・市役所・病院・大学などの主要な建物がすべて城のまわりにあり、市電が結んでいるという構図が現代まで続いていることがあります。

さらに路面電車をしっかり残し、環状で運営をしてきたことで、街なかにおいてプチ山手線のような役割を果たしてきたことは間違いなさそうです。

近年のコンパクトシティ松山はどう作られたか

ここからは、過去10年くらいのスパンでみる、松山の取り組みについて紹介します。

結論から書くと「車から人へのシフト」が要所でうまく行えたことが挙げられます。そのなかの代表例が「ロープウェイ商店街」と「花園町通り」です。

歩きやすい街並みに~ロープウェイ商店街~

近年では、歩行者を意識したまちづくりを推進しています。

例えばロープウェイ商店街と呼ばれる、大街道から松山城のロープウェイ乗り場にいたるまでのエリアでは、12メートルの道幅はそのままに、車道を7メートルから3メートルに思い切って縮小し、かわりに歩道を5~9メートルほど確保しています。

車道はくねくねとした形にすることで、車の加速を抑えます。また、歩道もそれまでかかっていたアーケードを撤去し、かわりに木を植えたことで一気に明るい道になりました。

これにより歩行者数は3.5倍、地価は1平米あたり2.8万円上がりました。

歩きやすい街並みに~市駅前「花園町通り」~

花園町通でも、アーケード撤去と思い切った車道の縮小により、明るい道路を作っています。市駅から松山城を結ぶ250メートルの区間で実施されています。

このプロジェクトでは、それまで残っていた、暗く古いアーケードを撤去し、代わりに自動車の通り道を設置。また放置自転車という課題があったため駐輪場を設置。車道は片道2~3車線から1車線に。さらに電線も地中化。こうした思い切った道路整備を2012年ごろから計画し、3年かけて作り変えました。

結果、歩道は5メートルから10メートルまで広くなり、歩道をつかったイベントを実施できるようになりました。

下記の動画による解説も非常にわかりやすくおすすめです!

松山のコンパクトシティは間取り図のようなわかりやすさ

もうすこし踏み込んで書けば、松山は過不足無く作られた3LDKの家のような間取りをしている、非常に使い勝手のよい街だといえます。

玄関(松山駅)があり、そこから廊下(市電)を進むと台所(銀天街・大街道)と書斎(市民会館)、つぎに客間(市役所&県庁)とリビング(温泉)があるような。そして北側に寝室兼勉強部屋(病院・大学)がシームレスにつながっている。ベランダ(城)からの眺めも最高。そんな住んでみたい家のような街であると感じます。

それこそ、地方都市の多くは廊下すらまともにつながっていない街、台所のない街、リビング(観光地/にぎわいの場所)が狭い街だらけのなかで、松山はひとつのベンチマークたりうる場所なのではないでしょうか。

さて、ここで筆を置いてしまうと、ただの街ソムリエみたいな感じの気持ち悪い人なので、次回に続きます。人口減少がつづく松山で、今後どのようなまちづくりが行われていくのか。いまの再開発での狙いとは。次回以降、そちらの解説を行っていきます。

参考

http://www.estfukyu.jp/pdf/2015cyuubu/02_matsuyamashi.pdf
コンパクトシティの実現に向けた取り組み
第30回EST創発セミナー[中部]~環境にやさしい多極ネットワーク型コンパクトシティの実現に向けて~ 都市・交通計画課 石井 朋紀

http://www.sakanouenokumo.com/akiyamabar.htm
秋山兄弟生家

http://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/kankomeisho/dogoonsen/dogo-mirai.files/20210115-100-08.pdf
道後温泉経営戦略にかかる基礎資料 三菱UFJリサーチ&コンサルティング

https://matsuyama-kurashi.com/about/ranking/
松山の魅力全国ランキングまとめ

https://www.iyotetsu.co.jp/
伊予鉄道

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